自閉症の原因タンパク質,男性不妊症に関与

掲載日:2024-2-8
研究

 金沢大学新学術創成研究機構/医薬保健研究域医学系の西山正章教授,医薬保健学総合研究科医学専攻医学博士課程の仁田原憲太,カリフォルニア大学デービス校の行川賢教授,九州大学大学院医学研究院の加藤聖子教授の共同研究グループは,自閉スペクトラム症(以下,自閉症)の原因タンパク質の一つであるCHD8(※1)が男性不妊症に関与していることを新たに発見しました。

 近年,不妊症は少子化問題とともに注目されている研究分野です。一方で,自閉症はコミュニケーション障害や限定された興味やこだわりといった特徴をもつ発達障害で,社会生活に支障を来す症状のため,その患者数の増加とともに大きな社会問題となっています。最近,自閉症患者において妊娠率が低いという結果が複数報告されていますが,これらの二つの疾患がどのように関係しているのかは不明でした。

 本研究グループは,自閉症患者で最も高頻度に変異が認められるCHD8というタンパク質に着目して研究を行いました。その結果,自閉症原因タンパク質CHD8は脳だけでなく,生殖器である精巣に強く発現していることを発見しました。さらに,生殖細胞においてCHD8を欠損させたところ,精巣は著明に縮小し,精子はほとんど作られない不妊症となることが分かりました。特にCHD8を欠損させた生殖細胞では,減数分裂(※2)の進行に支障を来していることが分かりました。また,遺伝子発現解析からCHD8は減数分裂の中でも特にDNA二本鎖切断(※3)に必要なヒストンメチル化修飾酵素PRDM9(※4)の発現量を調節していることを突き止めました。CHD8はPRDM9の調節を介して減数分裂の進行を制御しており,正常な精子形成に必要不可欠な機能を有することを発見しました。

 興味深いことに,CHD8はヒストンメチル化修飾を介して自閉症発症に関与することが知られています。本研究では,CHD8がヒストンメチル化修飾という共通の機序を介して,自閉症と不妊症という異なる疾患発症に寄与していることを発見しました。本研究が端緒となり,自閉症や不妊症といった大きな社会問題となっている疾患の発症メカニズムの解明や治療法開発へとつながることが期待されます。

 本研究成果は,2024年1月16日9時(日本時間)に英国科学雑誌『Nucleic Acids Research』のオンライン版に掲載されました。

 

 

1: CHD8によるクロマチンリモデリング

 染色体(クロマチン)は,DNAがヒストンというタンパク質に巻き付いたヌクレオソームという構造をとることで,高度に折り畳まれて核の中に収納されています。遺伝子が発現する際には,この染色体が弛緩したり凝縮したりすることで制御されています。CHD8は,この染色体の構造を変化させるクロマチンリモデリング活性を有しており,遺伝子の転写のONOFFを制御しています。

 

2:CHD8欠損により不妊症となる

 生殖細胞特異的にCHD8を欠損させたマウスは精巣の低形成を示します(左図)。精巣内で生殖細胞は成熟し,その後精巣上体中に成熟した精子として移りますが,生殖細胞特異的にCHD8を欠損させたマウスでは生殖細胞の分化が障害され,精巣上体内で精子が消失していました(右図)。

 

 

3:CHD8欠損によりDNA二本鎖切断が障害される

 減数分裂の進行には精母細胞においてDNA二本鎖切断という過程を経ますが,CHD8が欠損した精母細胞では二本鎖切断が障害され,二本鎖切断の指標であるγH2AXの発現が低下し(左図),その蛍光強度が低下していました(右図)。左図中のSYCP3は減数分裂時に現れる重要なタンパク質です。

 

 

4:CHD8が自閉症,不妊症に関与する共通の機序

 以前よりCHD8がヒストンメチル化を介して自閉症発症に関与するという報告がありましたが,今回の結果からCHD8は不妊症に関しても共通の機序を介して発症に寄与することが分かりました。

 

 

【用語解説】

※1:CHD8
 Chromodomain Helicase DNA binding protein 8 (CHD8)の略で,細胞内のエネルギーを使用して染色体構造を変化させ,遺伝子の発現量調節を担うクロマチンリモデリング因子という一群のタンパク質の一種です。

※2:減数分裂
 生殖細胞に特徴的な細胞分裂の仕組みです。主に生殖細胞が成熟する際に起こり,染色体の数が半分になる分裂のことです。

※3:DNA二本鎖切断
 ヒトを含めた生物の多くはDNA2本でセットになる構造(二本鎖)をとっています。減数分裂の際には,DNAの二本鎖が切断され部分的に入れ替わる過程を経ます。

※4:ヒストンメチル化修飾酵素PRDM9
 多くの遺伝子情報をもつDNAは,ヒストンという構造物に巻きついて収納されています。そのヒストンの一部のアミノ酸がメチル化されることで,遺伝子の発現量が変化します。減数分裂初期においては,ヒストンメチル化はDNA二本鎖切断が起こる箇所を指定する働きがあり,主にPRDM9がその役割を担っていることが知られています。

 

 

プレスリリースはこちら

ジャーナル名:Nucleic Acids Research

研究者情報:西山 正章

 

 

 

 

FacebookPAGE TOP