自閉症発症の分子メカニズムを解明 ― CHD8遺伝子変異による自閉症発症のリスク予測と実証 ―

掲載日:2024-3-6
研究

 自閉症(※1)は「対人コミュニケーション障害」と「活動や興味の範囲の著しい限局性」を主な特徴とする神経発達障害です。その発症頻度は総人口の約 2.8 %と非常に高い一方で,根本的な治療法や正確な診断方法などが確立されていないため,社会的にも大きな問題となっています。近年,自閉症患者を対象とした大規模な遺伝子変異探索が行われた結果,CHD8 という遺伝子に最も多くの遺伝子変異が同定されたことから, 現在CHD8 は自閉症の病因?病態を理解するための代表的な遺伝子として世界的に注目を集めています。しかし,これまでの研究は自閉症の発症原因として CHD8 タンパク質の量的減少に着目した研究がほとんどで, CHD8 タンパク質の機能障害を生じる変異についての解析は行われていませんでした。そのため,どの変異がどのような分子機序で自閉症の発症に関与しているのかについてはほとんど理解が進んでおらず,自閉症発症の分子基盤は未だに不明のままです。

 金沢大学 西山 正章 教授,九州大学 中山 敬一 主幹教授,白石 大智 大学院生,藤田医科大学 宮川 剛 教授,長浜バイオ大学 白井 剛 教授らの研究グループは,自閉症患者において CHD8 遺伝子上のミスセンス変異(※2)に対して,さまざまな予測スコアを適用し,これらの変異が高いスコアをもつ群と低いスコアをもつ群に大別されることを見出しました。これらのうち代表的な変異について,CHD8 タンパク質の活性,幹細胞の神経分化,マウスの行動にどのような影響を及ぼすかについて検証したところ,高スコア群に含まれる変異のみが自閉症の発症に寄与することを明らかにしました。さらに,高スコア群の変異の中にはこれまで予想されていなかった経路を介して自閉症の発症に関与するものも見つかったことから,CHD8 遺伝子変異による自閉症の発症メカニズムは複数存在することが示唆されました。

 本研究結果によって CHD8 遺伝子変異による自閉症発症の分子基盤に対する理解が深まり,新たな治療法の開発が期待されるほか,本研究で確立したスコアは自閉症発症のリスク予測や診断精度の向上にも役立つと期待されます。

 本研究成果は,2024 年 3 月 5 日 10 時(日本時間)に英国の雑誌『Molecular Psychiatry』に掲載されました。

 

 

図1: 高スコア群の変異はさまざまなメカニズムを介して自閉症の発症原因となる

 CHD8 遺伝子は自閉症患者において最も多くの変異が報告されている遺伝子です。本研究では,CHD8 遺伝子変異を6つのスコアによって特徴づけ,実験的な検証を行うことで,自閉症発症の分子機序を複数同定しました。本研究で確立したスコアは自閉症発症のリスク予測などへの応用も期待されます。

 

 

図2: CHD8遺伝子のミスセンス変異は高スコア群と低スコア群に大別される

 まず,私たちは6つの予測スコアを用いて CHD8 遺伝子上に報告されているすべてのミスセンス変異の特徴を抽出し,分類することを試みました。その結果,CHD8 遺伝子のミスセンス変異は高スコアをもつグループと低スコアをもつグループに大別されることが分かりました。ナンセンス変異(※3),フレームシフト変異(※4

 

 

図3: 高スコアの変異だけが分子活性障害やマウスにおける自閉症様行動の原因となる

 代表的ないくつかの変異をマウス個体に導入し解析を行いました。その結果,高スコアの変異を導入したマウスでは,不安の増加や社会性行動の異常などといった自閉症様の行動異常が見られることが明らかとなりました。また,このようにマウスにおける自閉症様行動の原因となった変異の中には CHD8 タンパク質の活性障害を伴うものと伴わないものがあることが分かり,このことから高スコアの変異はそれぞれ多様な分子機序を介して自閉症の発症に寄与している可能性が示唆されました。

 

【用語解説】

※1:自閉症
 正式な名称としては自閉スペクトラム症や自閉症スペクトラム障害と定義されており,Autism spectrum disorder を略して「ASD」とも呼ばれます。

2:ミスセンス変異
 あるアミノ酸が別のアミノ酸に置換される遺伝子変異で,全体のアミノ酸配列(CHD8 遺伝子の場合 2581 アミノ酸)のうち1つにしか影響しません。

3:ナンセンス変異
 変異の場所でアミノ酸配列の伸長反応が止まる遺伝子変異で,変異の場所以降のすべてのアミノ酸配列に影響します。また,その結果生じた途中の産物は分解されることが多く,タンパク質量の減少につながります。

4:フレームシフト変異
 変異の場所で遺伝暗号が変化する遺伝子変異で,変異の場所以降のすべてのアミノ酸配列に影響します。また,その結果生じた異常なタンパク質は分解されることが多く,タンパク質量の減少につながります。

 

 

プレスリリースはこちら

ジャーナル名:Molecular Psychiatry

研究者情報:西山 正章

 

 

 

 

FacebookPAGE TOP